WEKO3
アイテム
中国古代における天人関係について -「気」と「陰陽」の観点から-
http://hdl.handle.net/10105/955
http://hdl.handle.net/10105/95563ea5d65-a397-4df0-842a-7d413e5e7c68
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| アイテムタイプ | 学位論文 / Thesis or Dissertation(1) | |||||||
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| 公開日 | 2010-06-16 | |||||||
| タイトル | ||||||||
| タイトル | 中国古代における天人関係について -「気」と「陰陽」の観点から- | |||||||
| 言語 | ||||||||
| 言語 | jpn | |||||||
| キーワード | ||||||||
| 主題 | 天 | |||||||
| キーワード | ||||||||
| 主題 | 気 | |||||||
| キーワード | ||||||||
| 主題 | 陰陽 | |||||||
| キーワード | ||||||||
| 主題 | 天人関係 | |||||||
| 資源タイプ | ||||||||
| 資源タイプ | thesis | |||||||
| 著者 |
松井, 真希子
× 松井, 真希子
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| 著者(ヨミ) | ||||||||
| 姓名 | マツイ, マキコ | |||||||
| 抄録 | ||||||||
| 内容記述 | 中国古代における「天」と「人」との関係は、漢代に「陰陽の二気」が媒介となって、為政者の徳・不徳に応じて人格神的「天」が祥瑞・災異を降すという「天人相関説」として理論化されるのであった。本修士論文は、「天人相関説」の原理的役割を担う「陰陽の二気」について、その原義から概念としての成長・展開をたどることにより、理論化される以前の天人関係の実相の究明を目的とする。第一章では、『詩経』、『尚書』、『周易』、『論語』、『孟子』、『墨子』、『左伝』を対象とし、「陰」、「陽」の語義の展開をたどり、「気」との関わりを検討した。結果、「陰陽」が明確に「気」として捉えられるものはなく、ただ『左伝』においてその関係性の初期段階を見出せるのみであった。第二章では、従来「気」を媒介とする「天人相関説」とされた、『国語』周語上・幽王二年の記述について、『国語』に見える「天」、「気」、「陰陽」の記述全般の検討を行った。結果、この一節は人格神的な「天」の性質は見て取れるものの、「陰陽」は天人の媒介となるほどに成熟していないことが明らかとなった。第三章では、「天」の認識を、至上神、理法、自然の三種に分類したうえで、古文献の天人関係について考察した。結果、至上神・理法としての「天」と「人」との間には相関関係がうかがえたが、天人の媒介としては、「徳」・「命」・「愛」・「利」といったもので、「気」によるものは見られなかった。第四章では、「陰陽」の用例の多い『荘子』および『管子』において、両概念の関係性を検討した。戦国中期の『荘子』では、はじめて「陰陽」と「気」の両語が結び付き、戦国末期の『管子』諸篇に至って、「陰陽」は「陰気」、「陽気」として成熟を見るのであった。第五章では、「陰陽思想」の概念自体は殷代から存在したとする先行研究を検討した。それは、古くにあった「循環」概念を、後世の概念をもった「陰陽」の語で呼んでいるに過ぎず、語としての「陰陽」はやはり本論の考察の通りに考えるべきであった。以上を承け、本論では、中国古代における天人関係は、「陰陽の二気」を媒介するものではないと結論した。 | |||||||
| 内容記述 | ||||||||
| 内容記述タイプ | Other | |||||||
| 内容記述 | 奈良教育大学修士学位論文, 学位の種類: 修士(教育学), 学位授与年月日: 平成21年3月25日 | |||||||
| 書誌情報 | 発行日 2009-03-25 | |||||||
| 著者版フラグ | ||||||||
| 出版タイプ | AM | |||||||
| 出版者 | ||||||||
| 出版者 | 奈良教育大学 | |||||||